第3回:「発見装置」としての「カメラ」
「何もない」という脳のロックを解除する物理的な鍵、それがカメラです。単なる広報用の道具ではありません。移動を「探索」に変え、不可視だった資産を実体化する装置です。川崎の工場夜景がいかにして「公害の象徴」から「聖地」へと反転したか。そのプロセスと、AI時代にこそ際立つ「現地性」の価値について。
塚崎秀雄
2026.03.13
読者限定
【現在地:幸せの循環モデル】
今回も【発見】の段階です。しかし、ここが最も重要です。入り口を間違えれば、その後の経済も還元も回らないからです。
【発見】→【誇り】→【共有】→【経済】→【還元】 ↻
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【前回の振り返り】
第2回では、住民が「何もない」と感じてしまう原因が、脳の省エネ機能である「馴化(じゅんか)」にあることを解説しました。生物として正常な反応である以上、精神論で「地元の良さに気づこう」と呼びかけるだけでは限界があります。 今回は、この強固な脳のロックを解除し、世界を再発見するための物理的なツールとしての「カメラ」の機能についてお話しします。
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カメラは「見る」意思を補完する
「カメラマンを活用しましょう」と提案すると、多くの自治体担当者様は「プロにきれいな写真を撮ってもらい、観光ポスターを作ること」を想起されます。もちろん、プロモーションとしての写真は重要です。しかし、地域活性化の初期フェーズにおいて、カメラ(あるいはそれを扱う人間)が果たすべき役割は、それとは少し違う場所にあると私は考えています。
※本連載は無料ですが、第二回からはメールでの登録が必要となります。また、メール登録をいただいた方には東京カメラ部から地方創生に関連するメールが送信されることがあります。