第4回:ジョン・アーリと「観光のまなざし」 ――観光地は「場所」ではなく「記号」で作られる
かつてエッフェル塔は「無用な怪物」と唾棄されました。なぜ評価は反転したのか。塔の成分が変わったわけではありません。変わったのは「まなざし」です。ジョン・アーリの社会学を補助線に、観光地は物理的実体ではなく「記号」で作られるメカニズムを解剖。SNS時代の自治体が果たすべき「承認」の役割とは。
塚崎秀雄
2026.03.20
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【現在地:幸せの循環モデル】
現在は【発見】の段階を深掘りしています。今回は、【発見】最終回です。なぜカメラを通すと価値が生まれるのか、その社会学的な裏付けとなる理論についてお話しします。
【発見】→【誇り】→【共有】→【経済】→【還元】 ↻
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【前回の振り返り】
前回(第3回)は、脳の「馴化(じゅんか)」を打破する物理的ツールとして「カメラ」を提示しました。カメラは単なる記録装置ではなく、見慣れた風景を「再発見」するためのスイッチとして機能することを紹介しました。今回は、その発見がなぜ「価値」に変わるのかを解説します。
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「無用の長物」が「世界の至宝」に変わる時
1887年パリの新聞『Le Temps』に、エッフェル塔の建設に反対する芸術家・文学者らの抗議文が掲載されました。そこでは首都の中心に塔を建設することに反対し、「無用にして怪物的なエッフェル塔」と厳しい評価をくだし、エッフェル塔は、パリの美観と歴史を損なうものだと断じたのです。
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