第4回:ジョン・アーリと「観光のまなざし」 ――観光地は「場所」ではなく「記号」で作られる
【現在地:幸せの循環モデル】
現在は【発見】の段階を深掘りしています。今回は、【発見】最終回です。なぜカメラを通すと価値が生まれるのか、その社会学的な裏付けとなる理論についてお話しします。
【発見】→【誇り】→【共有】→【経済】→【還元】 ↻
【前回の振り返り】
前回(第3回)は、脳の「馴化(じゅんか)」を打破する物理的ツールとして「カメラ」を提示しました。カメラは単なる記録装置ではなく、見慣れた風景を「再発見」するためのスイッチとして機能することを紹介しました。今回は、その発見がなぜ「価値」に変わるのかを解説します。
「無用の長物」が「世界の至宝」に変わる時
1887年パリの新聞『Le Temps』に、エッフェル塔の建設に反対する芸術家・文学者らの抗議文が掲載されました。そこでは首都の中心に塔を建設することに反対し、「無用にして怪物的なエッフェル塔」と厳しい評価をくだし、エッフェル塔は、パリの美観と歴史を損なうものだと断じたのです。
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東京カメラ部撮影・フランス・パリ・エッフェル塔
しかし、現在の私たちがエッフェル塔に向ける視線はどうでしょうか。
塔の基本構造が別物になったわけではありません。にもかかわらず、私たちがそこに見出す意味は大きく変わりました。
この評価の反転を読み解く鍵が「まなざし(The Tourist Gaze)」です。イギリスのランカスター大学の社会学者ジョン・アーリと同僚のヨーナス・ラースンは、その共著『観光のまなざし』の中で、観光経験は視覚を中心に社会的に組織され、観光のまなざしは記号によって構築されると論じました。
私たちがパリを訪れるとき、単に石と鉄の巨大な建造物といった物理的実体を見に行っている要素があることは否定しませんが、それよりも、「ロマンス」や「芸術」「歴史」といった記号、文脈を、エッフェル塔という空間や環境を通じて身体的に体験しに行っているのではないでしょうか。
つまり、観光地とは、そこにただ存在するだけでなく、社会的な意味づけを伴って初めてその輪郭を現すものだと言えませんか?
逆に言えば、どんなに素晴らしい自然があっても、そこに「まなざし(文脈)」が向けられなければ、それはただの背景だと言えるのではないでしょうか。
事例分析:反対運動の性質と「記号」の定着
地域で新しい価値を見出し、それを形にしようとする時、必ずと言っていいほど反対の声があがります。その抵抗は、大きく二つの性質に切り分けることができるのではないでしょうか。
象徴的抵抗
既存の価値観や生活様式が揺さぶられることへの抵抗です。エッフェル塔の事例はこちらにあたります。これは、既存の「生活のまなざし」と新しい「観光のまなざし」が衝突している証拠であり、新しい文脈が立ち上がりつつある兆候と言えます。実害への抵抗(外部不経済)
混雑、騒音、マナー違反、私有地への侵入など、地域住民が実際に被る物理的な不利益への抵抗です。これらは「まなざし」の問題というより、計画・運営・ルール設計の不備として対処すべき問題です。これを「新しいことへのアレルギーだ」と無視して突き進めば、プロジェクトは破綻しやすくなります。
反対が出たからやめる、あるいは反対を押し切って進む、という単純な二元論ではありません。どちらの性質の反対かを冷静に見極める。特に実害に対しては、精神論ではなく、ルールづくりや物理的な設備投資(フェンス設置や誘導員の配置など)で確実に対処していく冷徹さが求められます。
自治体の役割は「承認」と「文脈の保護」
かつて、この「記号(=ここはこのように見るべき場所だというルール)」を作る権限は、旅行会社やマスメディア、そして行政が強く握っていました。しかし、SNSの普及や、一億人がカメラを持つようになり、一億人が意味づけを行う時代になりました。
だからといって、行政の仕事がなくなるわけではありません。自治体やDMOの役割は、自ら「記号」を無理に演出して規定することではありません。 無数の個人が投げかける「新しいまなざし」の中から、地域の未来にとって好ましいものを【発見】し、【承認】し、安全・導線・ルール・言語化によって支えることです。
例えば、「工場のパイプが美しい」というまなざしが生まれたとき、「そんなの汚いから撮るな」と否定する(古い記号を守る)のではなく、「なるほど、それは機能美という新しい資産だ」と認め、安全に撮れる場所を整備する(新しい記号を保護する)。 既存の価値を無理に“作る”ことよりも、地域内外から生まれる新しい解釈を丁寧に拾い上げ、必要に応じて「工場夜景」のように「言語化」し、摩擦が起きないように保護・調整することが、現代における「観光地づくり」の自治体の役割です。
エッフェル塔への反対が「象徴的抵抗」であったように、新しい視点は最初は異物に見えるかもしれません。しかし、実害(外部不経済)さえコントロールできていれば、その異物はやがて地域の新しい「象徴」になり得ます。必要なのは、古い価値観に固執せず、新しいまなざしを受け入れる「知的な体力」です。
次回からは【第2部:誇り】に入ります。発見された価値を、どうやって住民自身の「誇り(シビックプライド)」に変えていくのか。その具体的なステップについてお話しします。
【今週のミニ処方箋】
「観光パンフレットの『記号』を逆探知する」 地元の観光パンフレットやガイドブックを広げて、写真に添えられたキャッチコピーを見てみてください。「悠久の歴史」「神秘的な」「昭和の面影」……。そこにあるのは物理的な説明ではなく、「どう見るべきか」という指示書(記号)であることに気づくはずです。 そして今度は、パンフレットに載っていない場所に対して、あなた自身で「新しいキャッチコピー」をつけてみてください。それが、新しいまなざしの始まりです。
【次回予告】
第5回は「シビックプライドの育て方 ――『愛国心』と『都市に対する誇り』の違い」。なぜ、愛国心だけでは地域は良くならないのか。住民が「ここは私の場所だ」と感じるための条件とは?
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