第2回:脳のメカニズム「馴化(じゅんか)」の恐怖 ――なぜ、毎日見ている絶景に感動できなくなるのか

絶景も日常になれば、脳はそれを単なる「背景」として処理してしまいます。今回は「馴化」に続くもう一つの盲点「不注意盲」を解説。なぜ住民だけでは地域の魅力に気づくのが構造的に難しいのか?「見えないゴリラ」の実験や、滋賀県メタセコイア並木の事例を通じ、その原因と対策をご紹介します。
塚崎秀雄 2026.03.06
誰でも

【現在地:幸せの循環モデル】

今回も第一回に引き続きステップ1の【発見】です。私たちの目を曇らせている「脳の仕組み」について深掘りします。 【発見】→【誇り】→【共有】→【経済】→【還元】 ↻

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【前回の振り返り】

第1回では、「何もない」という言葉の正体が、脳の「馴化(慣れ)」であることをお話ししました。今回は、その馴化に加え、もう一つの心理的盲点である「不注意盲」について解説し、なぜ住民の力だけでは地域の魅力が見つけにくいのか、その科学的な理由を解き明かします。

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「背景」化する絶景

地域住民にとって、雄大な山並みも、歴史ある神社も、毎日の通勤路にある風景です。これらは、脳にとって「予測可能で、反復される刺激」です。私たちの脳は、限られた注意のリソースを有効に使うため、こうした既知の情報を意識的な処理から外し、自動処理(バックグラウンド)へと回す性質を持っています。

これを補強するもう一つの概念として、認知心理学の「不注意盲」があります。人は、特定のタスク(例えば「遅刻せずに会社に行く」「今日の夕飯の献立を考える」など)に注意を向けているとき、視野の中にある他の情報が見えなくなります。有名な「見えないゴリラ」の実験のように、目の前にゴリラの着ぐるみが現れても、別のことに集中していると気づかないのです。

つまり、日々その土地で生活を営んでいる住民(生活者)にとって、風景は「見る対象」ではなく、生活というタスクをこなすための「舞台背景」として処理されています。これは生物としての正常な適応ですが、地域活性化の文脈においては、魅力を見落とすという「副作用」として働きます。この状態で「魅力を見つけろ」と精神論で迫っても、構造的に非常に困難なことなのです。

※本連載は無料ですが、第二回からはメールでの登録が必要となります。また、メール登録をいただいた方には東京カメラ部から地方創生に関連するメールが送信されることがあります。

事例分析:無名の並木道が「全国区」になった日 ――滋賀県・メタセコイア並木

この「馴化」と「発見」の関係を示唆する象徴的な事例として、滋賀県高島市の「メタセコイア並木」をご紹介します。

春木 悦代

春木 悦代

• 状況:延長約2.4kmにわたり約500本のメタセコイアが植えられたこの道は、防風林としての役割も兼ねた、地元の方々の生活道路(県道)でした。1981年に植栽が始まり、地域に深く根付いた風景でしたが、住民の方々にとってはあまりに日常的な「いつもの道」であり、全国から人が押し寄せるような観光地になるとは、当時は想像しにくい状況でした。

• 介入:しかし外部の視点は違いました。写真家たちがその整然とした美しさに反応し、作品がSNSで共有されることで注目が加速します。東京カメラ部2019写真展のトークにおいて、高島市長・福井正明氏は「撮影した写真がSNSで共有され人気が広がるという現象が起きている」と述べました。また、この場所を撮影した東京カメラ部10選2014の別所隆弘氏も「僕が初めて撮影をした時はまだ誰もいませんでしたね」と語り、初期には撮影者が少なかったことを示唆しています。

「写真で残していく『文化』、写真でつくっていく『まち』・東京カメラ部2019写真展トークショー

「写真で残していく『文化』、写真でつくっていく『まち』・東京カメラ部2019写真展トークショー

• 変化:かつては知る人ぞ知る場所でしたが、東京カメラ部10選2014の別所隆弘氏撮影の写真などをきっかけに、SNSで拡散して注目が集まり、大手おでかけ情報サイト・ウォーカープラスの紅葉名所人気ランキング等で神宮外苑の桜並木を抑えて全国1位になり一躍全国区の知名度を獲得しました。生活道路だったメタセコイア並木が、外部の視点と共有の連鎖によって“観光資産として再解釈される”段階に入ったことを象徴するエピソードです。

• 副作用・摩擦:もちろん、急激な注目は摩擦も生みます。生活道路に人が溢れることによる交通渋滞や、路上駐車、撮影マナーの問題です。高島市では、紅葉シーズンにおける臨時駐車場の確保や、渋滞回避のルート案内、マナー啓発などを公式に行い、観光と生活の両立を図っています。「発見」された後は、こうした「マネジメント(管理)」が不可欠になります。

「写真で残していく『文化』、写真でつくっていく『まち』・東京カメラ部2019写真展トークショー

「写真で残していく『文化』、写真でつくっていく『まち』・東京カメラ部2019写真展トークショー

メタセコイア並木紅葉シーズン 渋滞緩和ご協力のお願い

メタセコイア並木紅葉シーズン 渋滞緩和ご協力のお願い

• 汎用化:この事例が教えてくれるのは、「地元の評価」と「外部の評価」には巨大な乖離があるということです。住民が「ただの散歩道」だと思っていても、世界から見れば「奇跡の絶景」かもしれない。そのギャップにこそ、地方創生の最大のチャンスが眠っています。

意志の力では勝てないからこそ

このように、「馴化」は強力な適応メカニズムです。「住めば住むほど見えなくなる」というジレンマを、気合や根性だけで克服しようとするのは非効率です。無理に「良さを探そう」とすればするほど、既存のパンフレットに載っているような「分かりやすい名所(いわゆる観光地)」ばかりを挙げてしまい、地域の隠れた資産(日常の美)にたどり着けないという罠に陥ります。

では、どうすればこの強固な脳のロックを解除できるのでしょうか。意識的に「異化(見慣れたものを未知のものとして見る)」を行うためには、素手ではなく、物理的な「道具」の助けを借りるのが最も効果的です。 その道具こそが、皆様の手元にある「カメラ(スマートフォン)」です。次回は、カメラを持つという物理的なアクションが、いかにして脳のモードを切り替え、世界の見え方を変えてしまうのか。その「発見装置」としての機能についてお話しします。

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【今週のミニ処方箋】

「空の色だけを見てみる」 明日の朝、家を出たら、最初の1分間だけ「空の色」に注目してみてください。青いか、白いかだけでなく、「水色から白へのグラデーション」や「雲の輪郭」を観察してみる。そして、可能ならその空をスマホで一枚撮ってみてください。「背景」だった空が、固有の表情を持った「被写体」に変わる瞬間を感じられるはずです。

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【次回予告】

第3回は「不感症からの脱却ツールとしての『カメラ』」。単なる記録装置ではありません。カメラを持つと、なぜ普段見えないものが見えるようになるのか。その「発見のメカニズム」と、地域創生における「一億総カメラマン時代」の歩き方についてご提案します。

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