第7回:サードプレイスとしての「撮影スポット」 ――コミュニティが生まれる場所の条件
【現在地:幸せの循環モデル】
第2部【誇り】の続きです。前回は、物語を付与する「文脈の編集」について話しました。今回は、そうして生まれた魅力的な場所が、住民にとっての「居場所(サードプレイス)」となり、孤立を防ぐゆるやかなコミュニティへと進化するメカニズムについて考えを巡らせてみます。
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【前回の振り返り】
第6回では、物理的な開発を行わなくても、「切り取り方(写真)」と「意味づけ(言葉)」を変えるだけで、ただの場所が「聖地」に変わる「文脈の編集」について解説しました。今回は、そうして人が集まるようになった場所が持つ、観光以上の社会的効用についてお話しします。
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なぜ、おじいちゃんたちは毎朝「池」に集まるのか
東京カメラ部の運営を通じて累計7700万件超の投稿作品と日々向き合い、また私自身が全国の撮影現場を回る中で、様々な撮影の現場を目にしたり、耳にしてきました。その中で、野鳥撮影が好きな方から聞いた、葛飾区の水元公園の東のはずれにある「不動池」での話を今回は紹介しましょう。
自宅から遠いこともあり、その方は年に数回足を運ぶ程度のビジターに過ぎないそうですが、そこは地元の野鳥愛好家たちのコミュニティの場となっており、まるでバズーカ砲のような超望遠レンズをつけたカメラと頑丈な三脚がずらりと並び、シニア男性たちが集まっているそうです。

武藤 弘和・水元公園
彼らのお目当ては「空飛ぶ宝石」とも呼ばれる野鳥のカワセミらしいのですが、観察していると、ずっとファインダーを鋭く覗き込んでいるわけではないようです。
事例分析:水元公園・不動池における「通いの場」の発生
カワセミが飛んでくるまでの長い待ち時間。彼らは「あっちの池に別の鳥が来ているらしいぞ」といった情報交換や世間話に花を咲かせているといいます。顔なじみと言葉を交わすコミュニティへの参加も、大切な目的になっているのではないでしょうか。
もちろんすべての人がそうとは限りませんが、長年勤め上げた会社などの所属から離れた後、地域社会の中に新しい自分の足場を見つけにくいと感じる人は少なくないようです。そうした時に、「カワセミの飛来」や「季節の花の開花」といった共通の関心事があり、それを撮影するという名目で集まれる場所があることは、再び社会とのゆるやかな接点を持つための大切な機会になり得ると思いませんか?
一般的に野鳥撮影の世界では、人が押し寄せて鳥にストレスを与えてしまうことを懸念し、良い撮影スポットの情報を秘匿したり、新規の訪問者を敬遠したりする排他的な空気が生まれがちです。野鳥という繊細な生き物が相手ですから、そうした心理が働くのも当然でしょう。
しかし、水元公園は少し事情が違うようです。 もともと人工の池であることに加え、撮影のための場所が整備されていたり、カワセミのための止まり木が用意されていたりする。さらに、利用者自身による池の環境保全のための清掃活動など、自治がうまく機能しているからでしょうか。年に数回ふらりと顔を出すだけのビジターであっても、決して邪魔者扱いされることはないそうです。野鳥への配慮は保ちつつも、新しい仲間が来ることを歓迎してくれるような、開かれた空気がそこには漂っているといいます。

武藤 弘和・水元公園
自分の庭のような撮影スポットに誇りを持っている常連たちは、時にホスト役を買って出て、「よく来たね、今はあっちの角度から撮ると綺麗だよ」と案内してくれることがあります。もちろん、すべての人がそうした寛容さを持っているわけではありませんし、撮影の邪魔になると言って排斥するような振る舞いに出る人もいるでしょう。
しかし、もしその場所が健全なサードプレイスとして機能していれば、常連からのちょっとした親切やもてなしは、観光客にとって忘れられない幸福な接触体験となり、「またこの街に来たい」と思わせる強い動機になるはずです。同時に、よそ者から自分たちの愛する場所を褒められ、頼られるという経験は、住民自身の自己肯定感を静かに、しかし確実に高めてくれるのではないでしょうか。
行政が旗を振って公民館で「高齢者のための交流会」を開いたとしても、この不動池のような熱量や寛容さが生み出されるかどうかは少し疑問が残ります。目的があらかじめ設定された空間よりも、撮影スポットのような余白のある場所のほうが、結果として自律的に「通いの場」に近い機能を持ちうるのかもしれません。
「サードプレイス」としての撮影スポット
なぜ、私たちは撮影スポットのような場所でなら、見知らぬ人同士でも比較的容易に言葉を交わすことができるのでしょうか。
サードプレイスという概念を論じたレイ・オルデンバーグ(ウエスト・フロリダ大学)は、家庭でも職場でもない第三の居場所の代表的な特徴として、会話が主たる活動であることや、常連が存在すること、そして誰もが比較的入りやすい敷居の低さなどを挙げています。
撮影スポットは確かにこれらの要素を内包し得るポテンシャルを持っています。「いい写真は撮れましたか?」というありふれた一言は、天気の話題を持ち出すよりもずっと自然な会話の入り口になりますし、その場所の特性をよく知るベテランが初心者に「この時間はあそこから光が差すから綺麗に撮れるよ」と教えることで、教える側と教わる側という互恵的な関係性が自然に発生する余地があるからです。
「トリアンギュレーション」効果
また、これに加えて、見知らぬ二人の間に、興味を引く第三の物体や現象が存在すると、それをクッションにしてコミュニケーションが成立しやすくなるという「トリアンギュレーション(三角測量)」効果が生まれているのかもしれません。
ニューヨーク市の公共空間研究で知られるウィリアム・H・ホワイトは、外部の刺激が人と人との間に媒介をつくり、見知らぬ者同士の会話を促す過程を「トリアンギュレーション(三角測量)」という概念で説明しています。
撮影スポットにおいて、この「第三の物体」の役割を果たしているのがまさに手元のカメラであり、その先にある絶景や珍しい被写体なのではないでしょうか。見知らぬ人同士が直接向き合って目を見つめ合うのは不自然で少し緊張を伴いますが、同じ景色を眺めながらであれば、適度な心理的距離を保ちつつ同じ空間を共有できます。カメラと被写体は、人と人とをつなぐ極めて優れた潤滑油として機能しているように思えてなりません。
ベンチを置くだけでは自治は生まれない
なお、人が集まるからといって、無条件に撮影地が理想的なコミュニティになるわけではありませんし、美しい景色があるからといって、絶景スポットを少し整えるだけでいいとか、ベンチを置くだけで十分と考えるのは楽観的すぎるかもしれません。
一部の有名な撮影地では、良い構図を求めて早朝から場所取りが過熱したり、三脚を立てたまま動かないことによって一般の公園利用者との間に摩擦が生じたりと、現に地域社会の課題になり得ます。また、常連同士の暗黙のルールが厳しすぎて新規の参加者を排斥してしまったり、過剰なマナーを押し付け合うようなトラブルも起きています。
安全に滞留できる導線の確保や、周囲からの視認性を高めて閉鎖空間になるのを防ぐ工夫。そして何よりも、過剰なルールで縛るのではなく、利用者の間で自然なマナー形成を促すような柔らかな空間設計が必要になってくるはずです。
「この時期はここから朝日が見えます」というような控えめな看板を立てつつ、「場所を提供する代わりに、定期的なゴミ拾いや環境保全の活動をユーザーに一部委ねる」といった、自治の仕組みをセットで提案してみるのもひとつの手かもしれません。
ただ、言葉で言うのは簡単ですが、実際に自治の仕組みを機能させるのは非常に骨の折れる作業です。誰かがリーダーシップを取らなければ空中分解してしまいますし、逆に一人の声が大きすぎると他の人が離れていってしまう。まるで繊細な生態系を維持するような難しさがあります。
しかし、それは決して不可能ではありません。先ほど触れた水元公園に集うグループでは、メンバーが撮影を楽しむだけでなく、池の環境保全のための清掃活動などを定期的に行っているそうです。行政がすべてを管理し尽くしてしまうのではなく、あえて余白を残すことで利用者がその場所に対して当事者意識を持つようになれば、そこは単なる消費の場から、自分たちが守り育てるべき共有財産へと意味合いを変えていくのではないでしょうか。
【今週のミニ処方箋】
「カメラを持っている人に話しかけてみる」 もし街中や公園を歩いていて、熱心にカメラを構えている人(特に年配の方)を見かけたら、少しだけ勇気を出して「何を撮っているんですか?」と声をかけてみるのも面白いかもしれません。
もちろん忙しそうにしている時は避けるべきですが、多くの場合、彼らは少し照れくさそうに、でもどこか嬉しそうに、自分が切り取った世界を見せてくれるのではないでしょうか。「鳥」「花」「電車」……被写体は何であれ、そこにはその人の個人的な偏愛や独自の視点が詰まっています。そんな数分間の他愛もない会話の中に、私たちが社会の中で他者とどう関わり、どうやって自分なりの居場所を見つけていくのかという、小さくても確かなヒントが隠されているような気がしてならないのです。
【次回予告】
第8回は「『よそ者』の効用 ――シュンペーターのイノベーション論と外部視点」。なぜ、イノベーションは辺境から生まれるのか? 「若者・馬鹿者・よそ者」が地域を変える理論的根拠について。
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