第24回:総括 ――リーダーの使命と「幸せの循環」
けれどそれは、これからどんな意味でも描き込める無限のキャンバスなのだとわたしは考えます。リーダーの本当の役割とは、先頭で旗を振ることではなく、住民が自ら希望を見出して主役になれる舞台をそっと整えることではないでしょうか。
お渡ししたカメラと戦略を手に、見慣れた景色から新しい光を探してみませんか。
【現在地:幸せの循環モデル】
長い旅路の終着点であり、新たなサイクルの出発点です。
【発見】→【誇り】→【共有】→【経済】→【還元】 ↻
【これまでの旅路の振り返り】
わたしたちは「うちの町には何もない」という言葉からスタートし、以下のステップを学んできました。
発見: 脳の馴化を解き、カメラを「発見」の道具として使う。
誇り: 住民のシビックプライドを育て、よそ者の視点でイノベーションを起こす。
共有: SNS映えの再現性を理解し、検索される資産(ストック)を蓄積する。
経済: 場所を「舞台」に変えて経験経済を作り、適正価格でブランドを守る。
還元: 収益を教育へ還元し、ガバナンスとシステムで循環を持続させる。
※本連載は無料ですが、第二回からはメールでの登録が必要となります。また、メール登録をいただいた方には東京カメラ部から地方創生に関連するメールが送信されることがあります。
「何もない」は、最大の褒め言葉である
「うちの町には何もない」。この言葉を口にするとき、あるいは外から投げかけられるとき、胸の奥が少し痛む方もいらっしゃると思います。その痛みを知ったうえで、それでも、あえて言わせてください。
「何もない」とは「価値がない」ということではありません。「これからどんな意味でも付与できる」という無限のキャンバスが広がっている状態です。
海外を見れば、芸術家・文学者らに「無用にして怪物的なエッフェル塔」と抗議文を送られたエッフェル塔が世界中に観光客を魅了するロマンスの象徴になりました。国内を見ても、防風林として植樹し、生活道路として使われていたメタセコイア並木が、一枚の写真をきっかけとして大型バスが来る一大観光地になりました。

無限のキャンバスを活かした事例は多数あるのです。諦めないでください。それでも…という方には、現在進行形の福島県葛尾村の事例を紹介します。
葛尾村は東日本大震災と原子力災害のため全村避難を余儀なくされ、震災前に村で暮らしていた1,567人に対し、いま実際に村で生活している人はおよそ470人。3割弱まで減ったという、極めて厳しい現実に向き合っている村です。
除染により、農村にとって宝に等しい長年大切に育ててきた土を削られた村は、地力を取り戻すため、クリムゾンクローバーを緑肥として畑に蒔きました。その結果、5月になると、村のあちこちの畑で赤い花が咲き乱れるようになりました。村にとっては、あくまで緑肥でした。けれど、わたしたち外の目には、とても魅力的な景観に映りました。そのため、これを活かせば村の復興の一助になる。そう考えたわたしたちは、村に2025年にクリムゾンクローバーという宝を活かす提案をしました。
その年の2025年11月、東京カメラ部は葛尾村の皆さまとの取り組みを開始しました。まずはファンミーティングの開催です。参加者の約半数は県外から。紅葉の高瀬川渓谷や、陸上型では日本一とされる阿武隈風力発電所の風車群を巡り、クリムゾンクローバーのほかにもある村の魅力を再発見しました。

東京カメラ部撮影・東京カメラ部ファンミーティング in ふくしま葛尾村
半年後の2026年5月、本番を迎えます。開花時期に合わせ、クリムゾンクローバーが咲く畑にフォトスポットを設置して、村とともに「クリムゾンクローバーフェスティバル2026」を開催し、その期間中にフォトツアーも実施しました。地元メディアにも取り上げていたき、開花のころ、村の拠点「復興交流館あぜりあ」を訪れた人は、土日の二日間でおよそ900名。ふだんの土日は120名ほどですから、その七、八倍の方々に起こしいただくことができました。村内に鉄道は通らず、公共交通の便もきわめて限られたこの村に、それだけの人が訪れたのです。

東京カメラ部撮影・クリムゾンクローバーフェスティバル2026
傷を癒すために蒔かれた種が、いつしか人を呼ぶ風景になりました。クリムゾンクローバーの別名は「ストロベリーキャンドル」。灯火の名を持つ花が人の流れを生み、再訪の約束が次の春につながっていく。そんな物語が始まりそうなのです。
もちろん、これはまだ序章にすぎません。村に産業が生まれるところまでは、まだ届いていないからです。そして、この取り組みでいまいちばん大切にしているのは、村の外から何人を呼べたか、でもありません。数を軽んじるわけではないのですが、それ以上に見つめたいものがあります。それは、葛尾村の方々が、いま以上に村に誇りを持っていただけるかです。いつかそこに産業が育ち、村の未来につながるか。主役は、訪れる人ではなく、そこに暮らす人です。発見から還元までの循環が一周する瞬間を、わたしは確かに見た気がしています。
リーダーは、主役ではない
最後に連載タイトルに掲げてきた「リーダーの使命」について、整理させてください。
米国の経営思想家ロバート・K・グリーンリーフは、1970年のエッセイ「The Servant as Leader」で、サーバントリーダーシップを提唱しました。リーダーとは、まず仕える人である。その試金石は、リーダー自身の実績ではなく、仕えられた人々が成長し、より自律的になったかどうかだと。
「先頭で引っ張るべき場面もあるだろう」という声には、わたしも頷きます。第13回の大山も、環境省の辻田所長(当時)が最初のエンジンをかけたからこそ動き出しました。ただ、回り始めたあとも先頭で旗を振り続ければ、循環はリーダーの退場とともに止まります。立ち上げでは牽引し、回り始めたら舞台の袖へ。リーダーの役割は、住民という主役が輝くための「舞台」を整えることです。
その舞台づくりは、大きなハコモノを建てることではありません。住民の「心と視点(ソフトウェア)」をアップデートする。その地道な積み重ねだけが、住民の心に消えない灯火を点すことができます。幸い、足元に埋まる宝を掘り起こす「スコップ(カメラ)」と「地図(戦略)」は、皆様すでにお持ちだと思います。どうか、答えを急がないでください。
フォトグラフィー(photography)の語源は、ギリシャ語の「光(phos)」と「描く(graphein)」。写真とは、光で描くという意味です。カメラを持つということは、光を集め、光で描くということです。一人ひとりが小さな光を集め、共有し、称え合い、未来を描くことで、地域全体が輝き出す。その豊かさがまた次の光を生む。わたしたちが目指してきたのは、この「光の循環」に他なりません。
この「幸せの循環」が、あなたの町から始まることを願っています。24回にわたり、お付き合いいただきありがとうございました。
【今週のミニ処方箋】
まずはカメラを持って、いつも歩き慣れた地元の道を少しだけよそ者のふりをして歩いてみてはどうでしょう。 スマホのカメラでも全然構いません。 見慣れた風景の中に、まだ誰も気づいていない小さな光を見つけられるかもしれないと、わたしは思います。
【次回予告】
連載は今回で終了となりますので、来週の記事はありません。 ここから先は、皆さんご自身の地域で、皆さんの手で新しい物語を紡いでいっていただければと思います。 いつかどこかで、その光の連鎖に出会える日を楽しみにしています。
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